迷ったら……

「おおきくなったねぇ……男の子でしたっけ?」

違っていた……その女性が連れている赤ちゃんは、女の子だった。どうせ間違えるのなら「女の子?」と言うほうが、無難だということに、その女性の寂しそうな横顔を見てから思い至った。だって、女の子に「男の子?」と言うと気にするだろうけど、もしも男の子に「女の子?」と言ってもそんなに悪い気はしないだろう。そもそも8ヶ月の赤ちゃんなんて、見分けがつきにくいもんだ。これからは「迷ったら女」だ。

その女性との別れ際、僕は聞いた。

「そう言えば、おじいちゃん大変でしたね?入院してるのは近くの病院ですか?」

またやってしまった……入院していたのは、おばあちゃんだった。その女性は、またかよと言わんばかりの顔をしながらも優しく訂正してくれた。そうなんだ。おばあちゃんに「おじいちゃん?」と言うと気にするだろうけど、おじいちゃんに「おばあちゃん?」と言ってもそんなに悪い気はしないだろう。これからは「迷ったらおばあちゃん」……….な、わけあるかーーいっ!!これなんの話しやねんっ!!

Wソーダ

僕らが住む日ノ出町は、私鉄電車の線路沿いに細長く伸びた町で、家々のすぐ裏には線路が走っていた。生まれたときからこの環境で育った僕らは、電車の走り抜ける音には慣れっこだったが、初めて家に遊びに来た友達は、必ずその音に驚いた。中には「地震だーっ!」なんて叫んで、部屋を飛び出した同級生もいたな。

これは僕らが、小学校2年生か3年生くらいのときの話。僕らというのは、僕と双子の兄とのことだ。

ある日、僕らふたりだけで、何駅か電車に乗って家に帰るということがあった。いったい何の用事で出かけていたのかは、忘れてしまったが、僕らの住んでいる家から駅まで、歩いて3分という便利さから、時々そうやって電車で出かけることがあったのだ。僕らにとって、子供だけで切符を買うのも改札口をくぐるのも手慣れたもので、当時はまだ自動改札なんてなかったので、駅員さんに切符を渡してから改札をくぐることに、なんだか少しだけ誇らしいような気分がしたものだった。

さて、いつものように切符を買い、改札をくぐり抜けた僕らは、姫路行きのホームへ抜ける階段で、“ じゃんけんグリコ ” をしながら遊んだ。天井から所々、雨水(いや地下水なのだろうか?)が漏ってきているコンクリート剥き出しの地下道に「ちよこれいと」という声が大きく不気味に響いた。僕が3歩しか進めないグーよりも、5歩も進めるパーやチョキを好んで出していたことに、途中から気づいた兄が勝ち越していた。最後は結局ルールを無視して、大きく差を開けられて悔しくなった僕が走り出したため、僕らの大きな笑い声が地下道から駅のホームへ駆け抜けた。

ホームへついた僕は、手のひらに違和感を感じた。手のひらの中には、切符とおつりが握りしめられたままだ。どうもいつもより、手のひらの中のお釣りの様子が違うのだ。見ると汗ばんだ手のひらの中で、1枚のピカピカの10円玉が太陽を浴びて光っている。おや?と思いながら切符をしげしげと眺めてから、自分のやってしまった誤ちに気がついた。70円分の切符を買ったつもりが90円分の切符を買ってしまっていたのだ。つまり、降りるつもりの荒井駅のふたつ向こうの曽根駅までの切符を買ってしまったようだ。

僕の心臓はドキドキしていた。ひとしきり大はしゃぎしながらホームまで来てから自分の失敗に気づき、その時にはタイミング良く肌色のボディの普通電車がホームに滑り込んで来ていたため、手のひらと額に汗をかきながらそのまま電車に乗り込んでしまった。しばらく無言になってうつむいている僕に気づき、双子の兄が話しかけてきた。

「どうしたん?」

僕は、カクカクシカジカ自分の置かれた状況を一生懸命説明した。そして、僕らがケンケンガクガク取るべき行動を議論して、取った行動はこうだ。

兄は、いつも通りに買った切符で、自分たちの家の最寄駅である荒井駅で降り、家へ向かう。僕は、間違えて買ってしまった切符の額面通り、ふたつ向こうの曽根駅まで行ってから、歩いて家へ向かう。

僕らは、切符の額面通りにしか電車に乗ってはいけないと思い込んでいたのだ。とても真面目だった。

僕は仕方なく、降りたくもない曽根駅の改札をくぐった。悪いことは決してしていないのに、なぜだか改札では駅員さんに怒られるような気がして、ビクビクしながら切符を渡したのだった。

歩き慣れない線路沿いの道を東へひとりで歩きながら、不安な心を誤魔化すかのように覚えたての口笛を吹いてみたが、ちっともうまく吹けなかった。自分の犯してしまった過ちに、悔いても悔い切れない気持ちが溢れてくる。母からもらった100円のうち、切符を買った残りのお金は好きに使ってもいいと言われていたのだ。僕らは残った30円を使って、近所の駄菓子屋へ行くつもりにしていた。当時大好きだったWソーダというアイスクリームを食べるつもりだったのに……僕は、券売機で間違ったボタンを押してしまったときの指の感触を思い出して、もう一度あの直前に戻ることができたらいいのにと、真剣に時間を戻す方法について考えながら歩いていった。

それにしても遅いな……と思いながら、足元の小石を蹴った。小石は明後日の方向へ飛んでいき、道路の側溝にポチャンと落ちた。背中から強い西陽が射して、僕の影が長く伸びる。その伸びた影の先の先の方から、不意に鋭い金属音がした。

「チリンチリンチリーン」

見ると、前方から双子の兄が自転車に乗ってやってくる。そう、実は僕らが電車の中で考えた計画には、続きがあったのだ。兄は、家で自転車に乗り換え、曽根駅の方面へ弟を迎えに行く。僕は、曽根駅と荒井駅の中間あたりで兄に出会い、自転車の後ろに乗せてもらう。という計画だ。その計画のどこにもほころびは無いと思っていたし、小さかった僕らにとっては大きなミッションをこなしたという充実感で、いっぱいだった。

家に帰ると、さきほどひとりで家に帰った兄からすでに話を聞いて、僕らの帰りを待ち構えていた父が、図に描いて説明してくれた。

「買った区間の手前の駅やったら、どこで降りてもええねんで?」

僕らは、うんうん。うんうん。と頷きながらWソーダをシャクシャク食べていた。10円しか残っていない僕のことを不憫に思った兄が、買ってから半分分けてくれたものだった。


靴屋

靴を買いに来たんだ。職場で履くための靴だから、別にどんなのだっていいんだ。いや、正確には違うな……どんなのだってよくはないよな。職場の中で履くだけの靴なので、普段履きにする靴を買いに行くときほど、気合を入れて買うつもりはない。なるべくデザインがシンプルで、履きやすい物なら、どんなのだっていいという意味だ。こだわりがあるようでない。ないようであるんだ。要するに、僕は金も時間もかける気はないんだ。おっと、革靴じゃないんだ。スニーカーでいいんだ。実は僕は、そこそこお堅い仕事についているのだが、職場内は足元に関しては、そこそこ緩いんだ。

そして今日、僕は靴を買いに来たんだ。会社帰りに、ある靴屋へ寄った。そうだな、仮にその靴屋を123ストアとしよう。実は僕は、その123ストアに行くのには、あまり気が乗らなかったんだ。なぜなら以前、息子の運動靴を買いに行った時、ある女性店員の対応があまり良くなかったからだ。その対応にイラッとした。もう二度とその女性店員から物は買いたくないなというくらいイラッとしたんだ。僕はあまり気が乗らなかったけど、123ストアは大手チェーン店で、このへんでは割りと品揃えが多いほうなんだ。また職場からの帰り道にあって行きやすいということで、仕方なく行ったんだ。その女性店員を避けて、他の店員から買えばいいやとも思ったんだ。とにかく今、僕が職場で履いている靴のつま先には穴が開いてしまっているようで、雨降りだった今日、ちょっとした水たまりを踏んだだけで靴下が濡れてしまっていたんだ。そういや、この靴は1年以上履いているな。うん。満を持して僕は靴を買うんだ。

夕方になり、ようやく雨は上がっていたが、台風の影響で、低く垂れ込めた雲はたっぷりと湿った空気を近畿地方にもたらしていた。天気予報によれば、夜半過ぎから再び雨が降り出すようだ。駐車場に車を停めた僕は、水たまりを踏まないように気をつけながら歩いたんだ。

123ストアに入った瞬間、しまったと僕は思ったんだ。木曜日の夕方だからなのだろうか、店内には店員がひとりしかいなかった。こともあろうに、例の女性店員がたったのひとりだ。今日、僕はご機嫌がいいので、あまりイラッとしたくはないんだ。僕はとりあえず、靴を選んでしまおうと思いながら、店内をぐるりと回った。そのうち、違う店員がやってくるかもしれないしな。その気に入らない女性店員には、声をかけられないように、気をつけながら店内を回るんだ。視線の端っこには、常にその女性店員を意識する。近づいて来そうになったら、すかさず別のコーナーへ移る。この123ストアの店員ってやつは、じきに声をかけてきやがるんだから、まったく油断も隙も見せられないんだ。サイズを出して欲しけりゃ、自分から声をかけるから、放っておいてほしいんだ。何より、その女性店員にだけは、関わりたくない。ある元凄腕営業マンがやっているメルマガでも、確か前にそんなこと書いていたぞ。何を買うかというよりも、誰から買うのか?……とかなんとか?ちょっとニュアンスが違ってるのかもしれないが、まぁだいたいそんな感じでいいだろう。

とにかく僕は、素早く何足かの靴に目星をつけた。あとはサイズ合わせだ。まだ、店内にはあの女性店員がひとりいるだけだ。僕は、早く家に帰って、やりたいことがあったので、急速に面倒臭くなってきた。そう、僕は今日中にオフロードバイクのチェーンを清掃して、油を差しておきたいんだ。つまり、靴を買うことなんてどうでも良くなってきたんだ。しかし、数日間続くであろう雨の予報なのに、このまま穴の開いた靴を履き続けるのはゴメンだし、また日を改めて靴を買いに行くのも、またまたこれからわざわざ違う店に行くのもゴメンだ。僕は面倒臭さに負けた。その女性店員に声を掛けたんだ。苦渋の決断だ。きっとその時の僕は、ずいぶんと苦々しい表情をしていたことだろうな。

出して欲しいサイズは26?だ。靴を手に取ったまま動きを止めた僕に、その女性店員がゆっくり近づいて来た。僕は目も見ずに、「これとこれの26?をそれぞれ出してもらえますか?」とだけ早口で伝えてから、近くの椅子に腰かけた。その椅子は、少しクッションが良すぎて、身体が深く沈み込んでしまうので、非常に靴が脱ぎにくかったが、まぁ今はそれくらいは我慢しよう。僕の想いは、頼むから今日は気分良く買い物させてくれ。ということだけだ。いや、気分の良いおもてなしなど、別に望んではいないんだ。普通でいい普通で。僕はそう思うと同時に、もしもまたこの女性店員が、失礼な接客をしてきた日には、ズバリと文句言ってやろうとも思っていたんだ。今日という今日は言わせてもらおう。と、心の中で決めたとたん、急速に僕の中にはメラメラとした使命感のようなものが湧いてきたんだ。きっとあの女性店員の接客態度に、イラついている客は、他にも多数いるはずだ。現にさっき僕が、話しかけたときにもニコリともせず、そのまま靴を取りに行く態度もいかにも気怠そうに見えたんだ。値段か?値段なのか?そのコーナーの中で、一番安い靴を僕が買おうとしているから、やる気が出ないのか?いよいよ、これは言わないといけない時がやってきたようだ。これは誰かが言わなきゃならないことなんだ。できるだけ感情的にならず、冷静になって指摘してやろう。さあ、かかってこ……ごくり。


僕は、その音をその女性店員に聞かれたんじゃないかと思って、心拍数が上がったんだ。でも、心拍数が上がった本当の原因は別にある。靴の入った箱を抱えて戻って来たその女性店員が屈みこんで、靴に紐を通し始めたんだ。女性店員は、ヒラヒラした白いブラウスを着ていた。僕がすっかり釘付けになってしまったのは、その胸元だ。色白でぽっちゃりしたその女性店員の胸元から、モチモチした柔らかそうな2つの物体が溢れそうになっていたんだ。靴紐を通し終わったその女性店員は、相変わらず気怠そうに僕の前に靴を差し出した。僕は、動揺を見せないようになるべくゆっくりと靴を履いた。次に僕はこう言ってやったんだ。「これの26.5?はありますか?」その女性店員は、積み上げられた箱の中からひとつ選んで持ってきたかと思うと、再び僕の側に屈みこんで、靴紐を通し始めたんだ。その動作は緩慢で、まるで丁寧さも感じられなかった。さっきの靴なんて、靴紐の表裏が所々でひっくり返っていたんだ。なんとなく不快ではないか、そういうことって。おまけにその女性店員は、僕が靴を履いた後も何も言わない。ただそこにいるだけだ。あるじゃないか、よく靴屋の店員の言うような、「いかがなさいますか?」だとか「お似合いになりますよ?」だとかのそういうお決まりの言葉だ。しかし、その女性店員が発したのは「ふふん。」という言葉だ。いやこれは言葉なんかではない。いくらなんでもそりゃないだろう。どうせ僕が、価格の安い方の靴を買うだろうと思ってバカにしているのか?それに対する「ふふん。」なのか?

そして相変わらず、屈みこんで靴紐を結んでいる女性店員のブラウスの胸元は無防備だった。僕はしばし目が離せなくなる。靴紐の先端が最後の靴穴を通り終わる寸前に、僕はさりげなく視線を外しておいた。目の前に差し出された靴に、足を通してから僕は店内を少し歩いてみたんだ。そして、すかさず僕は、こう言ってやったんだ。「すみませんけど、こっちの方の靴の26.5?を出してもらってもいいですか?」その女性店員は、またまたニコリともせずに一連の動作を繰り返したんだ。

屈み込む女性店員。目線を落とす僕。靴を差し出す女性店員。靴を履く僕。「何回も悪いけど、そっちの27?ってありますか?」と聞く僕。また気怠そうに、靴の入った箱を探して持ってくる女性店員。屈み込む女性店員。携帯電話を触りながら、さりげなさを装う僕。靴を差し出す女性店員と靴を履く僕。「これの黒色を履いてみたいんですが、出してもらってもいいですか?」と僕。「ふふん。」と言ってから、別の靴の入った箱を持ってくる女性店員。屈み込む女性店員の胸元を凝視する僕。靴を差し出す女性店員と、慌てて目をそらす僕。靴を履く僕…………そして、ついに僕は、こう言ってやったんだ。






















「この靴ください。」







ってね。









おしまい。

塩ラーメン

2年に一度受けなければならない某資格者の講習会があり、神戸の灘区へやってきた。前日、同僚に講習会が行われる場所を聞かれ、「あぁ、あそこいくなら◯◯◯っていう塩ラーメン屋に行きや!」と言われていた。同僚は、わざわざそのラーメンを食べるためだけに、その駅で降りるらしい。ときには並ぶこともあるという。

僕は、混んでいる店に行くくらいなら、コンビニで済ます方がマシだという性分なのだが、午前の部が11時半と比較的早い時間に終わったので、コレ幸いとそのラーメン屋に行ってみることにした。

そうだ。たまには食レポをしてみるのもいいかもしれない。

などと考えながら、混み合った講習会の会場の人混みをかき分け、人だかりができているエレベーターを避けて、非常階段を使う。トイレを済ませとこうと、2階で用を足し……と、玄関前から駅へ続く道には、すでに人があふれていた。小雨も降っていたせいか、心なしか皆んな早歩きだ。僕は、焦る気持ちを抑えきれなくなってきた。

そう。僕は、そこにいる(僕の前を歩いている)人が全員、同じラーメン屋を目指しているように思えてきたのだ。必然的に僕の歩くスピードも上がる。休憩時間は1時間あるとはいえ、これだけの人が殺到すれば、たちまち行列ができてしまうだろう。くそ。みんなやっぱりよく調べてるなぁ。暑かった夏も過ぎ、半袖一枚だけじゃ肌寒くなってきたこんな気候の日には、そりゃあもう美味いに決まってるだろうなぁ塩ラーメン。

駅の高架をくぐり抜ける頃、僕にはもう周りにいる全員が敵にしか見えなかった。次々と敵たちを追い越し、半ば小走りで進む。僕の脇と背中には汗が滲んでいる。しかし、今はそんなことはどうでもよかった。塩ラーメン。塩ラーメン。塩ラーメン。僕の頭の中には、塩ラーメンのことしかなかった。

ラーメン屋の手前の国道交差点の信号でひっかかってしまい、イライラしながら、目の前を走り抜ける車たちを睨みつけた。ふと、周りを見回すと誰もいないではないか。かつての敵たちはどうやら、ただの僕の思い込みだったようだ。信号が青になるまでに息を整えた僕は、交差点を渡り、折りたたみ傘をたたみ、先客がひとりしかいない店内に入り、塩ラーメンを啜ったのであった。










え?





食レポ?






あわてんなってー!







少しだけ時間を戻すね。






折りたたみ傘をたたんでから、先客がひとりしかいない店内に入り、カウンター席の一番奥に座り、塩ラーメンを注文し、水を一口飲んでから、このブログの前半部分をiphoneのメモ帳に書き付けていた僕の前に、いよいよ塩ラーメンがやってきた。






一口啜るなり、僕は心の中でこう叫んだ。















「うまっ!!」







おしまい。

モノマネ番組

いつも必ず観ているわけでもないのだが、モノマネ番組がけっこう好きだったりする。しかし最近、モノマネ中に背後からご本人登場が、当たり前になりすぎていないか?

こないだやってたモノマネ番組なんて、テレビ欄を見て驚いてしまった。「ご本人が続々登場!」だって……!?




かつて美川憲一のモノマネをするコロッケの後ろから、美川憲一ご本人が現れ、そして研ナオコのモノマネをする清水アキラの後ろから、研ナオコご本人が現れたこと(いや、研ナオコは司会者をしていたか?)が、ご本人登場パターンの走りだったように思うが、これは観ていてだいぶ面白かった。



しかし最近やたらと、このフォーマットを濫発させすぎなのだ。なんでもかんでも、ご本人登場させてしまっては出来レース感がハンパない。特にクオリティ高めのモノマネに対して、ご本人登場させても何も面白くない。モノマネで出演しているタレントさんたちは、必死になってモノマネの練習をしてきただろうに……「聞いてないよ。」「怒られちゃうよ。」という芝居をすることにも労力を割かなきゃならないのがキツそうだな……と見ていて思う。

あんた、さっきからモノマネしながら「ご本人が来るかもしれない。」と、心の中では思ってたでしょ?





モノマネ番組の審査員たちも、ご本人が歌ったあとに、いちいちその歌唱力に驚いたふりをし、さらにモノマネのタレントが歌ったあとにも「ひゃあー似てるねー。」というリアクションをとっているようにしか見えない……もうね、見てて面倒臭いのよ。だって、実際に並んで歌わせてみると、そんなに似てないじゃん?

審査員席にいる野口五郎が、ヘッドフォンの片耳だけつけて、聴きこんでは感心しているふりしているのも見飽きたのよ。



そもそも僕は懐メロが聞きたくてモノマネ番組を見ているわけではない。ただモノマネが観たいだけなのだから、そこにご本人はいらないのだ。そして僕はクオリティの高いモノマネにも全く興味がない。では、モノマネ番組の何が僕を引き付けるのか?僕が見たいのはとことんデフォルメされ、悪意に満ちたモノマネだ。そして、その悪意に満ちたモノマネに対して、天誅とも言える “ ご本人 ” をここぞというタイミングで “ 登場 ” させてもらいたいのだ。

認めてしまおう。僕はドッキリ番組もけっこう好きなのだ。いや、日本人の多くがきっと大好きなはずだ。これは、ドッキリとモノマネと歌謡曲という、日本人の大好きな三大コンテンツの夢の共演なのだ。面白くならないはずがない。

だからこそ、ご本人登場のフォーマットはマンネリ化させず、大事にしてもらいたいものだ。と、思っている。

銭湯

昔、京都に住んでいた頃、四畳半のアパート暮らしをしていた。風呂トイレ共同、共益費込みで、なんと月12,000円だ。この安い家賃からも想像できる通り、かなりのオンボロアパートで、大家さんはまったくといっていいほど、管理に力が入っていなかった。共用の廊下の隅には、いつも埃の吹き溜まりがあり、特にお風呂はほとんどほったらかしの状態で、できれば近寄りがたい雰囲気を醸し出していたので、僕はよく銭湯へ行った。

ある日のこと。

当時、よく一緒に行動していた友人のYと、たまにはいつもと違う銭湯に行ってみようということになった。電話帳を開いて銭湯の名前の響きだけで適当に選び、住所からそのおよその位置を調べた。(当時はまだ、google mapなんて便利な物はなかったが、碁盤の目のように並んだ京都の街は、どこへ行くにも不便はなかった。)市街地にあるその銭湯に行くために、僕らは住宅街の路地と路地の隙間に無理やり車を停め、銭湯までの道を音楽の話をしながら歩いて行ったのであった。



その銭湯に近づくと、入り口の側にたいへん目つきの悪い2人のお兄さんが、立ってタバコを吸っていた。入り口を防ぐようにして立っている2人がとても邪魔だったので、Yは少しイラっとしたようで、舌打ちをひとつしてから2人を睨みつけると、目つきの悪いお兄さんたちも負けずに僕らを睨み返してきた。とても鋭い目つきに一瞬ギョッとしたが、早く一日の汗を流したかった僕らはあまり気にせずにそのまま暖簾をくぐった。


僕らはサウナと水風呂が大好きだった。限界までサウナで粘り、サウナ内で息を止めてから水風呂に入るのが、当時の僕らの間での流行りで、そうしておいてから、水風呂の中でそっと口を開くと、サウナの中で充分に熱された空気が肺から気道を通り、「ポコッ」という音とともに熱気として出てくる(実際には、もちろんそんな音なんてしない。)のを感じるという水風呂の楽しみ方をYが教えてくれたのだ。僕はすぐにそれを気に入って、あれから20年近くが過ぎた今でも、水風呂に入るとついついやってしまう。


さて、番台で320円を払い、脱衣所に足を踏み入れた僕らはその場に凍りつくことになった。

なんと、そこにはあきらかにそっち系のお兄さんたちがたむろしていたのだ。たむろしているというより、ある2人をぐるりと取り囲むようにした布陣を組んでそこにいる。その布陣の中心にいる2人は、(いわゆる親分格なのだろう。)裸のまま真剣な表情で話し込んでいて、その周りを取り囲んだイカツイお兄さんたち2〜3人が、手に手にバスタオルを持って、その身体を拭いていたのだ。肩を、足を、腰を、そして股間をもっ!!そして、その周りに、またまたイカツイお兄さんたちが、着替えを手に手に待ち構えているのだ。それは、ものすごく異様な光景だった。もちろん、そこにいるそっち系のみなさんの背中や肩には、龍や般若がはりついていた。

……てことはですよ?あの表に立っていた目つきの悪いお兄さんたちはつまり、見張りの若い衆だったわけであり……ご、ごくり。さっき怒らせちゃったよね。やばくね?


僕とYは、たっぷりと寿命が縮む思いをしたが、かつてないほどの長風呂をしてから恐る恐る脱衣所へ行くと、もうそこには彼らの姿はなかった。水風呂を楽しむ余裕なんてまったくなかった。そして僕らが二度とその銭湯へ行くことはなかったのであった。



さてさて、銭湯って、「刺青お断り」ってところもあるけど、「刺青オーケー」なところもあるよね?これね、「刺青お断り」の場合は看板立ってるけど、「刺青オーケー」という看板は立ってないのよ。当然といえば当然なんだけれど、銭湯に入ってから、「あ!ここ、刺青オーケーやったんや……(恐)」ってことが、上述の京都での出来事以外にも何度かあったのよね。

せっかく金払って、しっぽりしに来ているのに、ヤクザと遭遇した日にゃあ、まったくリラックスできないじゃないか。金返せ!とも思っちゃう。


そんな銭湯に、子供と一緒に入ってしまった日にゃあ、もう最悪で「おっ、お父さんっ!あれ見てみ!背中に龍の絵が書いてあるねんでっ!めっちゃかっこええねんでっ!」と、本人に聞こえる音量で言われて、たっぷり冷や汗をかかなければならないのだ……。(←実話。)




僕が銭湯へ行くのは、サウナ後の水風呂で身体を冷やしたいだけなのであって、決して肝を冷やしたいわけではないのだ。



え?



違うよ?



だから、違うってば!!






うまいこと言おうとして、失敗なんてしてないってば!!









さて、話しを本題に移そう。






今回、僕が提案したかったのがこちらの制度なのだ!!







その名も、「ヤクザタイム」







ヤクザタイムとは……例えば16時〜17時半の時間限定でヤクザの入浴をオーケーとする制度なのである。


ヤクザ客に対する銭湯経営で、悩んでいたあなた!!これからは、もう悩まなくてもいいんです!!これまで諦めていたヤクザ枠からの入浴料も確保することができるのです!!さあ!!ぜひ!!!





い、いや、でもあれやな。入れ替えの時間帯に絶対鉢合わせるやん。アカンやん。サウナの死角とかにヤクザが粘ってないか、いちいち確認するのも面倒やな。






うーん。







せやっ!これどうや!?











「ヤクザデー」






毎月8と9と3の付く日はヤクザの日!!





これでもう、一般人との鉢合わせに悩む必要もナッシング!!このシステムを導入するだけで、一般人とヤクザの入浴を完全に分けることができるのである!!











え?






今、どんどん組が分裂してるから、ヤクザデーには、銭湯内がとんでもないことになるって?








いや、逆やで逆。組と組が、ヨリ戻しよるから、これマジで。









やってみ?

土曜日の夜

大阪湾の泉大津フェニックスという埋立地で行われた “ OTODAMA音泉魂 ” という野外音楽フェスの会場からの帰り、大阪の梅田の外れでバスを降ろされたので、どうも方向がわからなくて道行く人に聞いた。



僕「すみません。阪神電車の駅はどこですか?」



A「えっ!?は、阪神!?あっちかなぁ……」



しばらく歩いてから、今度はおじさんの2人組に道を聞いてみる。さっき歩きながら携帯電話の乗り換え案内アプリで調べたところ、終電まで時間があまりない。気持ちが焦る。



僕「すみません。阪神電車の駅はどこですか?」



B「え?阪神??知らんなぁ。」



C「うーん。あっちやったんとちゃうかなー?まっすぐ行ってから右曲がってみ?」



どうやら梅田界隈の人たちは阪神電車にはあまり乗らないらしい。その道案内には不安を感じたが、このまま進むしかない。一日中、野外で最高の音楽を聴き、踊り、歌って過ごしクタクタだったけど、僕は体にムチをうってできる限りの小走りで駆けた。



さて、駅も見つかりなんとか混み合う終電のシートにお尻を滑り込ませることができた僕は、ホッと一息ついた。今夜のライブの余韻に浸りながら、ラストを飾った僕の大好きなバンドのセットリストを思い出してみる。ふと斜め向かいに座っているお兄ちゃんに視線を飛ばすと、向かいの席のほうをものすごい形相で睨みつけているではないか?ただならぬ雰囲気に、その睨みつけたあたりを見ると……いや、正確には見るまでもなく、その理由がわかったのだが……そのお兄ちゃんの向かいに座っているおばちゃん3人組のしゃべっているのがめちゃくちゃうるさいのだ。歳は50前くらいだろうか?それぞれが好き勝手に、自分の住んでいる家の話や家族の話をしている。驚くべきはその話すスピードだ。早くしゃべる人のことを「機関銃のようにしゃべる」とかって表現するが、まさにそれ。しかも3人ともが機関銃のようにしゃべるもんだから、凄まじいことになっている。

3人組は斜め向かいに座るお兄ちゃんの睨みつけにもまったく気づかない素振りで、のべつくまなくしゃべる。しゃべる。しゃべる。酔っているのだろう、声もでかい。でかい。ほんとでかいのだ。そのお兄ちゃんの向かいに座っているということは、つまり僕と同じシートの左手2つ隣りに座っているわけで、しばらくすると僕も睨みつけてやりたい気持ちになった。3人ともほんとうるさくて、頭が痛くなってきた。しかし、よくそんなに舌が回るよな。

話の内容を聞いていて、(聞きたくもないが聞こえてくるのだ。)僕が更に驚いたのは、「あの人、早口で何言っとんのかわからんからなぁ。がはははは。」とその中のひとりが言ったことだ。この人たちにも聞き取れないくらいの早口とは、いったいどんな早口なのか?想像するだけで恐ろしくもあるが、その人に会ってみたい。とも思った。もちろん遠くから見るだけで、お近づきにはなりたくはない。

また、違うひとりが言う。

「一度、旦那の仕事の都合で、姫路に家を借りたことがあるんやけど、あそこらへんは土地柄がなぁ……。」と姫路をディスっていた。僕はすかさず心の中で突っ込む。



「おいおい、お前らにはお似合いやろがっ!」


ごほん。姫路の人、失礼しました。姫路には住んだことがないので、姫路がどんな土地柄なのかは僕にもよくわかりませんが、同じ播州地方に住む身なので、なんとなくその土地柄への想像がつきます。


その後もしばらく、「あそこらへんは埋め立てやからなぁ。」とか言って、おそらく自分たちの住む町の、ある特定の地域をディスったりしている。着ている服や髪型へのお金のかけ方から見て、その3人組はそこそこお金持ちではあるのかもしれない。しかし、僕は思った。



「おいおい、阪神電車に乗っとる時点で、底が知れとるんやから、あんまし人のこと言うなよな!」



ごほんごほん。阪神電車沿線に住む人、ごめんなさい。実際のところは知らないのだが、(大阪と神戸の間をJRの他に2つの私鉄電車が走っていて、)少し山手の方を並行して走る阪急電車沿線と浜手を走る阪神電車沿線では、住んでいる人の所得が全然違うのだと、その辺りに住んでいる人から聞いたことがある。そして、ひと昔前まで、阪神電車には、酔っ払いしか乗ってなくて、おまけに床はゲ◯と競馬新聞が其処彼処に転がり、若い女の人は怖くて乗れなかったそうだ。が、これも人から聞いた話であり、事実は違うのかもしれない。でも僕も阪神電車の延長線上に走る山陽電車沿線に住んでいるので、ガラの悪さと育ちの悪さはなんとなく想像がつくのだ。(ちなみに、阪急電車にはこの3人組のような「おばはん」は乗っていない。阪急電車には「おばさま」しか乗っていないのである。)



しばらくしたら、甲子園球場の見える駅で、その3人組は降りていった。車内に静寂が訪れる。その3人組が座っていた方の僕の左耳は、キーーンと鳴っているような感覚があった。大袈裟に言っているのではなく本当だ。そして、車内にいる他のみんなから「ホッ」という声が聞こえてきた気がした。そんな土曜日の夜だった。