隙がない
ひさしぶりにJRの特急電車に乗る。自由席に座れなかったが、目的の駅までたった40分だけのことなので、広めのデッキ部分で音楽を聴きながら過ごした。bonobosの傑作ニューアルバム『23区』を余すことなく、一人で楽しんでいると、モデルのようなスタイルの女性を含むカップルが乗ってきた。柔らかそうな生地で作られたタイトなミニスカートに白いJACK PURCELLのスニーカーを履いている。俺よりも背が高いので、内心「ふんっ!」と思う。……まぁスタイルも顔も綺麗は綺麗なんだけど、化粧は濃い過ぎるし、ちょっとお高く止まりすぎだよね。隙がないっつうの?
彼氏のほうは、グレーのトレーナーに淡い色のスリムな綿パンが良く似合っていて、白い★CONVERSEを履いている。背もスラリと高いので、見た目的に申し分のないカップルなのだけど、彼氏はすごく彼女に気を使っているんだろうなということがヒシヒシと伝わってくる。口説くのに苦労したんだろうか。これだけ、お高く止まっている彼女だと、色々と苦労するだろうなと、お高く止まった綺麗な女性とはお付き合いをしたことのない俺は、心の中で何度も「ふんっ!」を連発し続けながら、音楽にノッている振りをして、二人を観察し続けた。やっぱり隙がないってのはダメだよ。まぁそういう女性が好きな男性もいるのだろうけど、世の未婚の女性に言いたい!「モテたければ、隙を見せいっ。」と!!
まぁ、そんな俺の好みはどうでもいいのだけれども、目の前にいる二人が、段々距離を縮めていることに俺は気づいていた。俺が身体をずらして、窓から見える田園風景に視線を移したためだろう。特急電車のデッキ部分という、パブリックなスペースにほんの少しだけ生まれたパーソナルスペースに二人は躊躇なく身体を滑り込ませて、いちゃつきモードに入っていこうとしている。
彼氏の首に、右手を絡みつかせる彼女。すかさず距離を詰める彼氏。俺は、気付かないふりをしながら、そっと唾を飲み込んだ。「ごくり。」その瞬間、電車が大きく揺れ、彼女は壁から立ち上がる間接照明の付け根に頭をぶっつけた。幾度ものメンバーの脱退を経て、一時の二人から五人編成になったbonobosのグルービーで情熱的な間奏の合間から「ゴンッ!」という音が容赦なく聞こえてくる。頭を抑えてうずくまる彼女を優しくヨシヨシする彼氏の顔は、「おもろくてしょうがない。」という顔でニヤケている。もちろん、声に出して笑った日にゃ、プライドの高い彼女に嫌われてしまうだろうから、その振る舞いは、全身全霊をこめて「可哀想なマイハニー」感を演出している。が、その顔は完全に崩れてしまっているではないか。あかんであかんで、その顔は、彼女に絶対見られたらあかんで。笑い声は出すなよ。堪えろよ。と見守りながら、必死に笑いを堪える俺。
しかしあぁ、彼女がお高く止まってさえなければ、二人は顔を見合わせて大笑いできたのに、楽しい時間を共有できたのに、そして目の前にいる俺もリアクションに困らなくて済んだのに、あぁ勿体無い。ウットリとお互いの目を見つめあって、彼氏の首に手を絡みつかせた瞬間に、「ゴンッ!」やで?しかも、思いくそやで?手加減なしやで?しこたまやで?怪我したわけでもないんだから、二人で笑っちゃえよなっ。
彼女のその隙のなさは、罪やなとさえ思った。そんな彼女は、例えばしゃがんだ瞬間に思わず「プゥ」とオナラをこいてしまった場合でも、あくまで何事もなかったように振る舞い、彼氏から「おいっ!」突っ込まれることも許さないだろうし、鼻毛が出ていても、誰からも突っ込まれることなく、家に帰って鏡を見るまで気付かないことだろう。
俺は、携帯を操作する振りをしながら、そっと音楽プレイヤーの一時停止ボタンを押した。それからの二人の間には、どんな会話が繰り広げられているのだろうか。
中国語だった。
なんか、安心したっつうか。ニヤケてしまう瞬間って、万国共通なんだなと思って、近くて遠い隣人だった中国人を身近に感じることができたのであった。それにしても、お高く止まりやがって、ふんっ!
持ち味
近所のマックスバリューにいるレジ係の若い男の子の声が、むちゃくちゃええ声だ。年齢は二十代前半ってところだろうか。ぽっちゃりとして、色白の憎めない見た目からは、想像もつかないようなええ声をだして接客しやがる。それは、若さを生かした元気いっぱいなハイトーンではなく、あくまで抑えたロートーンであり、耳元で囁くような声だ。その落ち着きようはまるで、ベテランのようでもある。いつも、僕はレジに並ぶときにレジ係はあまり意識しないのだが、列が進んでたまたまその声の持ち主に出会えたときには「当たり!」と勝手に思っていた。
しかしだ。最近、逆に鼻に突き出したのだ。その声が……きっと、自分でも、ええ声だと思い始めてしまったのだろう。
「いらっしゃいますせぃえ〜。」
「レジ袋はどうなさいますかぅあ〜?」
「カードはお持ちではないでしょうかぁあ〜?」
「ありがとうございましたぁはあ〜。」
お前は一昔前の個性派の車掌さんか?
きっと誰かに、その声を褒められでもしたのだろう。はっは〜ん、パートのおばちゃんたちか?
「タニモッチャン(仮名)の声ええわぁ〜。」
「あたしもそう思うねん。この頃、あたしなんかタニモッチャン(仮名)の声聞いただけで、なんかこう元気が出てくるもん。」
「でもな、タニモッチャン(仮名)は声もええけどな。実は中身もなかなかええ男やねんでぇ〜。」
「あんまし、あんたが男のことを褒めとんのを聞いたことないもんな。こりゃ間違いないわ〜。タニモッチャン帰り道気ぃつけや〜。あんた狙われとるで〜ガハハハハ〜。」
おばちゃんに狙われて満更でもない谷本(仮名)君は、意識してしまったのだ。これでは持ち味が台無しだ。
今度から出会ったら「ハズレ」のことな。
カマキリ
カマキリが卵を産んでいるところに遭遇したんです。活発な秋雨前線により、いつまでも不安定に居座り続ける厚い雲に気押されることなく、懸命にお腹を動かすカマキリの姿に、しばらく目が離せなくなってしまいました。産みたての卵嚢(らんのう・卵を守る包)って緑色なんですね。
カマキリの卵といえば、茶色い状態の物しか見たことないので意外だったんですが、そこでハッ!としたわけなんです。
カマキリのメスって交尾のあとにオスを食べちゃうって言うじゃない?てことはですよ?よ?よ?実はこの卵嚢が緑色なのは、ひょっとしてオスの体の色が滲み出てるってことなのかな?って想像してしまい思わず、ひょえぇぇぇ〜っと叫びそうになってしまいましたよ。が……いやいやちょっと待てよと、すぐに考え直したのです。これはひょっとしたら、西田局長が泣くタイプの父と子の感動の物語なのではないか?
実は、お父さんカマキリは死してなお子供たちを守るための人柱(いや虫柱か?)となっているのではないのでしょうか!?という仮説が浮かび上がってきたのです。
つまりこういうことなのです。お父さんカマキリは、この世に産まれてくる新しい命のため、自ら進んでその身体をお母さんカマキリに差し出したのです。お母さんカマキリとのたった一度きりの契りを、そしてその愛への誓いを確かなものとするために、お父さんカマキリが選んだ道なのです。なぜなら、屈強な他の雄カマキリたちとの闘いをくぐり抜けてきたお父さんカマキリの鍛え抜かれた身体は、脆弱な卵たちを守るために求められ、その思いと共にお母さんカマキリに咀嚼され、その身体を通り抜け卵嚢となることで、愛を証明したのです。
これはある二匹のカマキリによる純粋な愛の物語なのです。
食べられてしまったお父さんカマキリが、空の上から微笑みながら卵を見守っている姿を思い浮かべた西田局長は、ハンカチを手にただただ嗚咽を漏らすばかりでした。
なんちゃって。
優しさ
俺は優しい。
その優しさゆえに、ちょくちょく車の誘導をしてあげることがある。駐車場でなかなか車を入れられない人や車を出せない人を見ると、ついついでしゃばってしまうのだ。
あぁ、なんて俺は優しいんだ。
しかし、車の誘導をしてあげていると、イライラしてくることがある。なぜならば、ときどき窓を開けない人がいるのだ。これはカチーンとくる。こっちが一生懸命、オーライオーライ言ってるのに窓が開いてないから、なおさら声を張り上げないといけなくなるのだ。
これにはいくら優しい俺でもイラッとする。
だからさ、なんでこっちがこんなに声張らなあかんねん。おばはん……もとい、あなたがモタモタしてるから、わざわざこうやって一肌脱いでいるというのにやな。そっちはそっちで、ちゃんと運転するためにもっとベストを尽くせよ。運転のスキルが低いのは仕方がない。でもそれならば、もっとスペースに余裕のある隅っこに駐車すればいいのよ。何もわざわざ車の密集する、店の入り口付近に駐車しようとしなくたってもいいじゃないか!!
歩けよっ!!
そして、なぜにお前は窓を開けない!?
窓はなんなら密封やからな!窓ぴっちり閉めてあんねん……あっ!!
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
ひょっとしてエアコンか?
涼しいところで運転ですか?
おんどりゃ、わしゃ汗だくで誘導してんねんぞ!おどれはせめて窓開けて、わしの声が届くようにしろや!!
あーもうっ!!
イライラするなぁんもうっ!!
以上です。
キャンプファイアー
キャンプファイアーが嫌いだ。何を好き好んで暑い暑い真夏のキャンプ場で、デカい焚き火なんてしなくてはならないのか?夏場に、学校やら各種団体で、キャンプに行くと必ずと言っていいほど、キャンプファイアーがもれなく付いてきたが、これ楽しいの?って、ずっと思っていた。
しかも、キャンプファイアーときたら、先生らによってテキトーに班分けされて、班ごとに出し物をしなくてはならないことがある。そしてその出し物は、まったく練られてないから、面白くない。恥ずかしくて声も出てないから、見てる方も何やってんだかまったく分からない。いいよ。もう部屋に帰ってトランプでもやろうよ。と、ずっと考えていた俺だったな。
んで、それが終わったら今度は、フルーツバスケットだと?炎を囲んで輪になって?ハンカチを?後ろに置かれると走って追いかけるだと?この暑い暑い真夏のキャンプ場で?走るの?マジで?
ハァ……あれってさ、鬼に追いつくはずないのに、ハンカチ置かれたら、みんな必死になって走ってるのよね。意味ないよね。徒歩でもいいよね。だってどうせ追いつかないんだもん。汗かくだけ無駄。でも走っちゃう。おいコラ待てーっ!って感じで。顔は笑ってるんだよね。嬉しいんだよ。これだけたくさん人がいる中で、自分を選んでハンカチを置いてってくれたことが。嬉しくなっちゃうのよ。んで、待てコラーッ!!って、ついついニヤニヤしながら追いかけちゃ……い、言っとくけど、俺はそんなことで、イチイチ感情を表になんて出さないよ?あーやだやだ。なんで暑い暑い暑い暑い真夏のキャンプ場で、はしゃがなくちゃならないんだ。汗まみれになるし、蚊やブヨにも食われるし、楽しいことなんてなんにもないよ。早く帰って家でゴロゴロしたい気持ちでいっぱいだよね。ハンカチごときで、喜んでんじゃねぇよ。ふん。
んで、またみんなで歌う歌がヌルいんだこれが。
♪遠き山に日は落ちて
星は空を 散りばめぬ
今日のわざを なし終えて
心かろく やすらえば
風はすずし この夕べ
いざや 楽しき まどいせん
まどいせん〜
……?
まどいせん?
この歌ってさ、この最後にでてくる “ まどいせん ” の意味がまったくわからんので、イマイチ感情移入できないのよね。最後の最後で突き放される感じ?前半いい歌なのにね。もったいな……いや、別にジーンとなんか来てないよ?
そうそう、それであれだ。たいていキャンプファイアーの最後はこの歌で締め括るんだよな。
♪燃えろよ燃えろよ
炎よ燃えろ
火の粉を 巻き上げ
天までこがせ
照らせよ照らせよ
真昼のごとく
炎よ 渦巻き
闇夜を照らせ
燃えろよ照らせよ
明るく熱く
光と熱との
もとなる炎
気付いたら、俺は大熱唱していた。止め処なく溢れてくる感情をこれ以上抑えることなんてできやしなかった。そして、こう呟いていた。もっと!もっと火を!!パチパチとはぜた火が、空中に舞い上がっていったかと思うと、次々と闇夜に吸い込まれていく。ふと視線を感じて我にかえると、キャンプファイアーの炎ごしに、陸上部の奈帆子が俺のことを見つめていた。奈帆子は目を逸らさずに、まっすぐに俺を見つめ、その目の中には、メラメラと大きな炎が燃え盛っていた。
こうして、夏の終わりにひとつの小さな恋が始まった。
って、これ何の話やねんっ!!!
終わり
絵描き
「この人、絵とか描いとるらしいな?」
以前、勤めていたタクシー会社で、僕が運行管理者をしていたころの話だ。夜遅く、事務所でひとり勤務割りを作っていたら、ひとりの運転手がやってきてそう言った。それは、最近入ってきた運転手のOのことを指して言っているようで、ホワイトボードに貼り出してある新入社員の紹介写真を見ながらそうつぶやいたのだ。
運転手のOは、アタマは白髪ボサボサで、いつも何色だかわからないボロボロの革ジャンを着ていて、ところどころ歯が抜けていて、こういったらなんだが品がなかった。年は50代後半、独り者。拘束時間の長いタクシー運転手をしながら、休みの日には絵を描いているのだろうか?そう言われてみれば、いつも着てくる革ジャンは、絵の具があちこちについてガピガピになったようにも見える。どんな絵を描いているのか気にもなったが、Oときたらやたらめったら無愛想で、朝、事務所にやってきても他の運転手のように、話しこんでいくことなく、そのまま出庫したら夜中まで事務所には帰ってこなかった。
ある運転手の紹介で入ってきていたOは、入社してからしばらくは大人しくしていたが、半年も過ぎたころから素行の悪さが目立ってきた。運転手や配車係と喧嘩することやお客さんとのトラブルも度々で、しまいには大きな事故を起こしてタクシーを一台おしゃかにしてから辞めていったのであった。たった1年ほどの在籍期間だった。サラッと書いたが、詳しく書いたらみんなビックリしてしまうような問題をたくさん起こしていたので、Oが辞めてくれてホッと胸を撫で下ろした人が多かった。
まぁやたら問題の多い運転手ではあったが、「絵を描いているらしい。」という情報が、僕のOに対する評価を、皆に比べて少しだけマシな物にしていた。なんだか、憎めないではないか……いや、僕もOが苦手は苦手だったんだけど、どう説明したらいいだろうか。絵を描いているということで、僕はOを「変人」というフォルダに入れていたのだ。(だ、だよね?絵描きって変人だよね?だって僕の知ってる絵描きは皆、変人だもの。)僕は、Oの悪い素行を目や耳にするたび、「まぁ変人だから仕方ないよな。」と心のどこかで思っていた。変人と思われることは得だ。
しかし、それは僕の大きな勘違いだった。Oのことは、「変人」のフォルダではなく、「ヤクザ」のフォルダに入れるべきだったのだ。一部の運転手だけが、知ってて黙ってたらしい。つまり、「絵」とは「刺青」のことだった。それを知ったときの衝撃は忘れられない。
みんなも今度から「◯◯さんって、絵描いてるらしいよ。」という噂を聞いたときには気をつけよう。
長い長い一週間
兵庫県には、トライやるウィークという、中2が職業体験をするための課外授業がある。うちの職場でも、毎年5人ほど預かっている。みなさんお察しの通り、トライやるウィークの担当者はその一週間、中学生につきっきりで、他のことが何もできなくなる。そして、だいぶかったるい。ていうか、もう大変だ。大わらわだ。今年も5人の男子中学生を預かった。午前9時から午後3時までの間、息つく暇もなく、面倒を見なければならないので、その準備も含めると、受け入れる事業所の担当者にとっては、気の重たいイベントだ。
午後3時になって、やっと中学生が帰ってからも、一息なんてつけない。中学生が書いて提出してくる作業日誌には、「事業所の人からの一言」という欄があるので、翌日までにそれを書いておいてやらなければならないのだ。そないにあるかいな。しかも5人分もないない。伝えたいことなんてないから。かといって、全員に同じことを書くというのも、やりたくない。しかし、そんなことよりも、俺の机の上には、中学生の相手をしていた間に、あちこちからかかってきた電話の用件メモでいっぱいだ。また、こんなときに限って、ずっと不在だった俺の机には、上司が仕事の置き逃げをしている。ないないないない。ともかく、5人分も書くことなんかないからな。とか思いながら、なんとかして言葉を絞り出す。
さて、そんな長い長い一週間が、今日やっと終わった。中学生を事務所へ連れて行き、「一週間お世話になりました。」と挨拶をさせ、その後ろ姿を見守りながら、ホッとしたのもつかの間のこと、(別れを惜しむ余裕もなく、)この一週間にした作業の後片付けをするために、屋外をバタバタ動き回りながら、俺は遠くから、自転車で帰っていく5人の中学生に手を振った。ん?ちょっと待てよ……そういや、一番世話になってるはずなのは、担当者の俺やん?事務所の奴らの前で、わざわざ挨拶させたけど、事務所にずっといてた奴らは別に、そんなに世話してないやん?世話したんは、ほとんど俺やん?おいおい中学生よ、この俺に、ちゃんと挨拶してから帰って行けよな。
でもまぁそんなことは、中2には気がつかへんよな。俺の口から「はい、そしたら最後に、俺にお礼言うて!」って言うのもなんか変やしな。しゃあないか。
5人がやってきた月曜日の俺は、「こいつら使えんなぁ。」と、イライラしていたんだけど、金曜日の俺は、すっかり不器用な5人の中学生が可愛くなってしまっていた。隙あらば怠けようとするリーダーのO君。ニコニコしながらすぐ遊びに走ろうとするムードメイカーのE君。最初から最後までずっとダラダラしていたマイペースなM君。疑問に思ったことはすぐに質問してくる研究者肌のS君。5人の中では一番おとなしかったが一番真面目に作業をやってくれていたメガネのK君。
……とか、もうすでに懐かしく思いながら、中学生が控え室に使っていた部屋に戻ると、机の上にポツンとメモが残されていた。
きっとこれは、他の4人に遅れて、最後に帰って行ったメガネのK君の字だ。これを書いていたので、帰るのが遅れたのだろう。
皆を集めて、話しをしているときも、まっすぐに俺の目を逸らすことなく見つめて、キラキラした眼差しで話しを聞いてくれていた。そんなK君のまっすぐな目を見た俺は、ついつい、いい気になって、「社会人に必要なことは?」みたいなことを熱く語ってしまった気がする。いやはっきりと語ったな。この口で……あぁ自己嫌悪や。これではまるで俺、うっとおしいおっさんやん。
さて、メモはほんの一言だけだったんだけど、俺の胸にはかなり響いた。他の4人がそそくさと部屋を出てしまってから、あわててひとりで書いたくせに、個人名ではなく「byトライやる生」としているのが、また泣ける。こんな気の利く中2なかなかおらんで。