コカコーラのJUNちゃん
昔お世話になった人から、久しぶりに誘われて飲みに行った。小料理屋で軽く御飯を食べてから、連れて行かれたスナックで“ コカコーラのJUNちゃん ”と呼ばれるカラオケの達人と出会った。
とにかく歌がうまい。
レパートリーは2000曲くらいあるらしい。
焼酎のロックを飲みながら、ひょいひょいとリモコンで選曲し、笑顔で歌いあげるコカコーラのJUNちゃんは、僕らの相手も愛想良くしてくれる。また見ていると、自分が歌い終わった後に必ずマイクをお手拭きでサッと拭いてから次の人に回している。
なんといっても歌がうまいので、コカコーラのJUNちゃんの順番が来ると、僕はしばらく会話をやめて、その歌に聴きとれた。「声がいい」というわけではない。決して気張らないというか……そうだカラオケっぽくないのだ。鳥羽一郎を歌っても西郷輝彦を歌っても、あくまでコカコーラのJUNちゃんのものにして歌い上げてしまう。僕は思い切って、コカコーラのJUNちゃんの隣りへ席を移動し、その秘訣を聞いてみることにした。
「歌めちゃくちゃうまいですね。どうやったらそんなにうまく歌えるんですか?」
コカコーラのJUNちゃんは、笑顔をやめ、遠くを見つめながらこう答えた。
「心で歌うんや……。」
そして続けてこうも言った。
「若いもんに負けてたまるか!とか、うまいと思われたい!とかな、邪念を持って歌ったら絶対にあかん。」
そしてたっぷり時間をかけてから、またこう言った。
「心で歌うんや……。」
僕はなるほどと思った。そしてカラオケの採点システムは、このコカコーラのJUNちゃんの歌をどう評価するのか気になった。
「いつも90点以上なのよ!」
そう答えたのはママだ。そこでちょうどコカコーラのJUNちゃんの順番が回ってきたので、ママにより採点開始ボタンが押された。
72点だった。
意識しまくりのコカコーラのJUNちゃんの歌はボロボロだった。
「よ、酔ってるからな……。」
そう呟いたコカコーラのJUNちゃんは、何事もなかったかのようにマイクをお手拭きで拭き、トイレへ姿を消した。