ミカンと蝶ネクタイ
君は見たことあるだろうか?弁当箱の中にみかんが入っているのを?
「なんだよあるよそれくらい。」
とか言わないで、最後までよく聞いてほしい。
みかんといっても外の皮だけ剥いた丸ごとのみかんで、甘皮や繊維はそのままの姿なのだ。
弁当箱を開けた瞬間僕は、目を疑った。
家に帰ってから苦情を申し立てた僕に妻は、「皮を剥いたところがわたしのやさしさよ。」と言うのだが、そんなことは問題ではない。
だってオカズが足りずに、穴を埋めただけに違いないのだから。オカズが足りずに困った妻が、みかんでその穴を埋めたのに間違いないのだから。
そのとき僕は蓋を閉めたすぐに。
僕は弁当箱の蓋を閉めたんだそっと。
このようにうちの妻は、ときどきおかしなことをする。
何年か前、妻の実家で法事があった時のこと。
3才になる息子に着せる薄いピンクのボタンダウンのシャツに合わせて、フェルト生地で蝶ネクタイを作ろうということになった。ちょっとした茶目っ気でもあるが、完全に親族へのウケ狙いだ。
法事に出掛ける前日、妻が僕にこう聞いてきた。
「ねぇこれくらいの大きさでいいかしら?」
見ると、黄色のフェルト生地に、妻は鉛筆で蝶ネクタイの絵を描いていた。結び目も皺もキチンとリアルに鉛筆で描いている。
僕は聞いてみた。
「ここからどうするの?」
妻はそこで初めてハッと間違いに気ついた。
ハッという音が聞こえたんだ本当に。