サウナ風呂の楽しみ方

「サウナ」が好きだ。

いや、正確には「サウナのあとに入る水風呂」がすきだ。

サウナのそのアホみたいに猛烈な熱さを辛抱するのは、すべては水風呂に入るための儀式なのである。

流れる汗と、のぼせる頭を限界ギリギリまで繰り延べて、もうダメだというところで、サッとサウナを飛び出してから、頭の先まで水風呂に浸かる。頭はクラクラし、全身を痺れるような感覚が襲うが、やる度に身体が引き締まっていくような気がする。僕は時間の許す限りそれを何度も何度もストイックに繰り返すのだ。あまりやったことない人には、ぜひ一度やってみてもらいたい。水風呂へ飛び込む前に、しっかりと息を止めておくのをおすすめする。水の中へ全身浸かってから、そっと口を開けると、内臓からの熱気玉のようなものが、「ポコッ」と出てくるのがまたたまらなくいとおしい。身体から、水分をギュウギュウと搾り取ってからの風呂上がりの生ビールは、この世で一番上手い飲み物に違いない。「無人島に持って行きたい飲み物」ぶっちぎりの第一位である。

さて今日は、「サウナは苦手だから入らないの。」と言う人が回りに多いので、そんな人のために、実は奥深いサウナの世界を教えて差しあげたいと思うのだ。

『一緒にサウナに入っているおっさん連中は、お互い無関心、マイペースをきどっているように見えると思うが実はそうではなく、そこではさまざまな駆け引きが繰り広げられているのだよ。』ということを………なぜなら、サウナを出たところに設置してある水風呂は、たいてい作りが小さいため、おっさんが二人以上で入るのはキツイ場合が多いのだ。そこで、お互いにサウナを出るタイミングがダブらないようにする注意が必要なのだ。そこへきておっさんたちには「俺のほうが辛抱強いんだぜ。」というへんな競争心が加わるため、サウナの中はまさに熱気に包まれる。もちろんそれはボイラーによる熱気なのだが、負けられない戦いがそこにはある……まぁいつもいつもそんな戦いに発展するというわけではないのだが、一緒に入っているおっさんから、あきらかに勝負を挑んでくるようなそぶりが見えたときに、時によって頭の中ではゴングが鳴るのである。


【ラウンド 1 】

その昔ながらの情緒あふれる銭湯のサウナ室は、大人が4人も入ればすぐいっぱいになってしまうくらいのスペースで、僕が扉を開けたときにはすでにひとりのおっさんの先客がいた。そのおっさんは、僕が入るなりジロリと睨んできたような気がしたのだが、その日はあまり長居するつもりもなかったので、なるべく気にしないようにした。年齢は50歳前くらいだろうか。健康的に日焼けした皮膚と、鍛えられた身体から、体育会系の匂いをプンプンと放っている。そのおっさんはあきらかに僕のことを意識しているようだ。砂時計と僕とを交互に見ては、タオルでしきりに汗を拭いている。砂時計の残りの砂の量から推測するに、どうやら僕がサウナに入る少し前に、そのおっさんもサウナに入室したようだ。さらに推測するに、おっさんは「砂時計の砂が落ち切ったら出よう。」という当初の予定から、「あいつが音を上げてから出よう。」という方針に変わったようだ。



そんなことがなぜ分かるのかって?





僕にはただ分かるのだ。





僕の頭の中でもゴングが鳴った。



その日僕は少々お酒を飲んでいたので、軽く嗜むつもりでサウナに入ったのだが、状況がそれを許さない。「このおっさんが音を上げてから出よう。」と堅く決心した僕は、戦闘体制に入った。ちなみに “ 戦闘 ” は “ 銭湯 ” にかかっている。

気が付くと砂時計の砂は、とうの昔に落ち切っていたが、僕は立上ってそれをもう一度ひっくり返した。お酒に酔っている僕は心理戦にでることにしたのだ。つまり、まともに戦って勝てる気がしなかったので、ゆさぶり攻撃をかけているのだ。次に僕は足をゆっくり組み直し、大きく背伸びをしてから両手をおおきく後ろについて自分の身体を支えた。いかにも「ぜんぜん余裕ですよー。」というリラックスしたポーズだ。畳み掛けるように僕は、おっさんに聞こえるか聞こえないかのビミョーな音量で、軽く鼻歌を歌った。これがかなり効いたようで、間もなくおっさんはそそくさとサウナを出ていった。




勝った。



しかし、戦いはまだ始まったばかりだ。きっとあいつは戻ってくるだろう。


【ラウンド2】

お互いを目線の隅に意識し合いながら水風呂と、束の間の休息をすませ、どちらからともなく僕とおっさんは再びサウナに戻る。さあ今度こそ、ほぼ同時入室のためフィフティフィフティーの戦いになるのだ。今度こそ絶対に負けられない。僕とおっさんは対角線上にどっしりと構えて座った。

そのサウナは100℃近くの温度がある上に乾式のため、やがてヒリヒリと皮膚を焼くような感覚が襲ってくる。かなりの時間がたったような気がするが、ほんとはせいぜい3〜4分くらいのことなのだろうか、このおっさん、なかなかのやり手のようだ。実は僕は今日、友人と一緒に来ているため、長期戦だけは避けたいのだ。すでに脱衣所にいる友人のことを気にしながらも、どうしても勝ちたい僕は、とっておきの必殺技を使うことにした。

僕は扉を開けてサウナを出たのだ。しかし、しっぽを巻いて逃げたわけではない。僕は “ 眼鏡 ” を置くために外に出たのだ。水風呂と壁との間のじゃまにならない空間に眼鏡を置いた僕は、再び踵を返してサウナに戻る。僕がサウナを先に出た瞬間、おっさんはきっと勝利を確信したに違いない。そこにまさかの延長戦だ。きょとんとした顔をしながら、戻ってきた僕を見るおっさんの顔には、もはや延長戦を戦う気力は残っていなかった。間も無くおっさんは、くやしそうにサウナを出ていった。



勝った。




え?ずるいって?これは、みのもんたの『クイズ$ミリオネア』で言うところの “ テレフォン(友達に電話して、クイズの答えを相談することができるやつ) ” に代表される「ライフライン」のようなものだ。第一、眼鏡は熱に弱いのだ。そして、どんな手を使っても勝ちさえすればいいのだ。




【ラウンド3】

さすがにもう次はないだろうと思っていたのだが、おっさんはまた勝負を仕掛けてきた。僕のあとを追ってサウナに入ってきたおっさんの顔には、決意が見られた。「今度こそ絶対にこいつに勝つまでは出ない。」と書いてある。いつのまにか僕の酔いは醒めていたが、油断は禁物だ。こうなったら勝負は何ラウンドまで続くかさえも分からないのだ。相当厳しい戦いになることだろう。もう砂時計なんてひっくり返す必要もないし、小細工なんて使わない。真っ向からのガチンコ勝負をするのだ。僕は自分の限界を超えて我慢した。おっさんもかなり辛そうだ。もちろん僕も相当辛かった。ここの銭湯の水風呂は特に狭くて、ひとり以上ではとても入れない。つまり引き分けはないのだ。僕は覚悟を決めた。

よくもまあこれだけの量の汗が出るものだと、感心しながら僕はそっとサウナをあとにした。そして僕はゆっくりと水風呂に浸かった。そう、できるだけゆっくりと水風呂に浸かったのだ。僕に勝って、うれしそうな顔でサウナ室の扉からでてきたおっさんの顔が、水風呂にゆったりと浸かっている僕を見て瞬時に曇る。骨の髄まで熱を帯びて、すぐにでも水をかぶりたいというのに、その水風呂を独占されているのだ。僕ならきっと発狂してしまうだろう。










おっさんは、それっきり二度と僕に勝負を挑んではこなかった。






おわり。