定休日男
俺は定休日男だ。
雨男の定休日版と考えてもらえば分かりやすいかと思う。
高校生の頃……まだ俺が細い身体に白い短パンがとても良く似合っていた頃のことだ……テニスの大会委員長みたいな偉型のおっさんが雨男と呼ばれていた。そのおっさんがいると、雨で大会が延期になることが多かったのだが驚くべきことに、ある大会ではそのおっさんが開会式の挨拶を始めた途端に雨が降り出して、そのまま大会が延期になってしまったことがあった。おっさんは自分でも雨男だと公言していたのだけど、「自覚してるのなら来るなよな。」などと、俺らテニス部員たちはおっさんの陰口を叩いたりしていた。
そうそう、俺が定休日男だという話……簡単に言うと、こういうことだ。俺が行こうとした店は、定休日なのだ。なかなかの高い確率で、定休日にぶち当たってしまうため、いつしかそう呼ばれるようになった。そんな俺の妻は赤信号女だ。たまに妻が運転する車に同乗すると、ほとんどの交差点で赤信号にひっかかっている。こないだなんて、妻の運転する車で赤信号にひっかかりながらようやくたどり着いたら、お目当ての中華料理店は閉まっていた。
いつもの口論が始まる。
「まったくもう。車の運転するときは、流れがあるんだからさ。」
「同じじゃない。どうせ閉まってたんだから。」
「同じじゃないさ。見てごらんよ臨時休業って貼ってあるだろ。さっさと来れば間に合ってたかもしれない。」
店の中にはまだ電気が付いていて、人影が動いている。ついさっきまで営業していたのが、何か事情があり臨時休業にしたのだろう。薄く開けた車の窓の隙間から、外に何か捨てながら妻がぶっきらぼうに言う。
「で?どうすんの?いつまでもここで言い合ってても仕方ないじゃない。」
「そうだな。胃が中華になってるからな。三角亭なんてどう?」
「はいよ。」
妻はあっさりそう言ったかと思うと、ドアを開けて外へ出てしまった。見ていると、助手席側へぐるり周ってくる。
「なんだよ運転してくんないのかよ?」
「当たり前よ。流れとやらを見せてもらおうじゃないのさ。」
俺は舌打ちをひとつして、サイドブレーキを跨ぎながら運転席へ移ったが、バックミラーの角で頭をしこたまぶつけたため、しばらく動くことができなかった。
「ダメだダメだ。そういや、家を出る前にビールのロング缶一本開けちゃってるよ。」
「なによもう。」
既に助手席に座り込んでいた妻は、もう一度ドアを開くと車のボンネット側からぐるりと運転席へ周り、俺はトランク側をぐるりと周り、それぞれが時計周りに元の席へと乗り込んだ。そうこうして、三角亭に到着した頃には、店の大将が暖簾を仕舞っているところだった。
「いやはや、定休日男の本領発揮だね。」
「ふん。赤信号女にだけは言われたかないね。いったいどれだけ引っかかったら気が済むの?」
「で?どうすんの?私はすぐそこのラーメン屋でも全然いいんだけど。」
「いや、できれば大手チェーン店なんかじゃなくて地元のちゃんとした店で出される料理を食べたい。そうだな。今日はもう中華はヤメて肉だ。焼肉だ。少し戻ることになるけど、ゴリラのとこ行こう。」
「いいわね。あの入り口に、大きなゴリラのぬいぐるみの置いてある店ね。」
やはり赤信号に引っかかりながらたどり着いた焼肉屋の扉には、定休日の看板が掛かっていた。この調子で俺たちは、二時間半かけて市内の計16カ所の店に空振りを喰らい、結局は年中無休のチェーンレストランで不味いイタリアンを食べた。
つづく……
『定休日男と赤信号女』
【次回予告】
次回、定休日男と赤信号女の行く手を遮る謎の自動ドアのセンサーが反応しない男が登場!その自動ドアのセンサーが反応しない男は、定休日男が5歳の頃に生き別れになった双子の兄なのだろうか……!?そして、何かに気付いた赤信号女は、意味深な書き置きを残し、定休日男の前から姿を消してしまった……!?
定休日男と赤信号女の物語は風雲急を告げる!!お楽しみに。
うそ。(続かない。)