エアコン紛争

※このブログはフィクションでもあるがノンフィクションでもある。登場する人物や団体は実在しないが、導き出した結論はすべて事実であり……いや、あなたにとってはフィクションに映るかもしれない。しかし、わたしにとってはノンフィクションであり、つまりあのその……偏見に満ちているのであるっ。




暑さも少しずつ控えめになってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?さて、あちこちの職場でのエアコン紛争も一定の落ち着きを見せていることかと存じますが………え?


知らん?


あのエアコン紛争やで?



******************

ここは、とある地方都市のうらびれた雑居ビルの3階。乾物や履物だけでなく小型無線機から大型重機まで扱う海千商事のオフィスである。社員10数名の小さな所帯だが、小さな商社ならではの小回りの効く経営により、まずまずの利益を出すことができていた。狭いオフィスの中には年中汗臭い男たちや老若なオフィスレディたちが忙しそうに立ち回っている。そして今年の夏もここ海千商事のオフィスでは、着衣はクールビズなのにやることは全然クールじゃない社員たちによる小競り合いが繰り広げられていた。



谷川課長が得意先の女の子とヘラヘラ電話をしている間に、サッとエアコンの温度を上げる飯田部長。

「寒い……寒いねん。」


コーヒーを飲みすぎて、トイレが近くなっている飯田部長が席を立った隙に、そっと温度を下げる谷川課長。

「あっつぅ……。」


最近、ヨガのインストラクター養成講座に通い出した経理担当の宇佐美さんがブツブツとつぶやきながら温度を上げる。

「もう!節電だって言ってんのに!!」


昼食の時間になり、ひとりになったアルバイトの城島が悠々と温度を下げる。その手には、城島の好きなアニメのヒロインが浴衣姿で笑っている絵の描かれた団扇が握られている。

「ハァー……極楽極楽。」


食堂から帰ってきた飯田部長は、事務所に入りエアコンのパネルを確認するなり、舌打ちをして言った。

「ったく、いつも誰が温度を下げるんだ!」


声を荒げるなんて、普段は温厚な飯田部長にしては珍しいことで、その場に居合わせた社員は聞こえなかったふりをしながら、内心ビクビクしていた。しかし、エアコンの設定温度がそのまま27℃で保たれ続けることはなく、しばらくして飯田部長がこの日8度目のトイレに立った隙に、また谷川課長が温度を下げた。経理担当の宇佐美さんが気づいて、キッと睨んだが、谷川課長は当然の権利だと言わんばかりに胸を張り、悪びれることはなかった。

いつもは、和やかな雰囲気で仕事をしている海千商事のオフィスだが、この時期になると、“温度を上げたい派” vs “温度を下げたい派”に分かれて、人間関係が少しずつギクシャクし始めるのであった。


******************


と、このようなエアコンの温度設定をめぐる攻防戦のことですよ?知らないとは言わせませんよ?

日本全国津々浦々の職場では、“温度上げたい派”と“温度下げたい派”によるこのようなエアコン紛争が巻き起こっているはずなんです。(ドンッ!)



こないだふと気付いたんですが、これって、エアコンの“温度を上げたい派”が断然不利だと思いません?

だって“温度を上げたい派”のほうが、得てして我慢強いのですよ!初夏から始まるエアコンの温度を上げたり下げたりの戦いの末に、8月の猛暑の盛りも過ぎた頃に妥協しているのは我慢強い“温度を上げたい派”なんですよね。大人ですよね。何も言わずにそっとニットのカーディガンを羽織るその姿のかっくいいこと……また似合うんだこれが。人間ができてる!きっと仕事もできる!すなわちモテる!!に違いありません。

それに比べて“温度を下げたい派”の肝っ玉の小さいこと!!あーぁヤダヤダ。「寒いのは服着たらなんとかなるけど、暑いのだけはどないもならんっ!」とか声を大にして言いよるねん。いや言ってることは分かるよ?でもね、そう思うのなら温度下げる前に“温度上げたい派”に対して毛布の一枚や二枚持ってこんかいっ!!












そもそもあのエアコンの温度設定にも問題があると思っているのよね。26℃だと肌寒い。かといって27℃にしたら、じんわりと暑さがにじり寄ってくる……もし26.5℃に設定できたら、いったいどれだけのサラリーメンが救われることかっ!!車のオートエアコンでは、26.5℃っていう設定があるんだけど、ルームエアコンにはコンマ5の設定がないのよね。


……かといって車のオートエアコンを絶賛しているわけではないからね。あの車のオートエアコンにもイラっとするのよ。炎天下に停めっぱなしにしていた車に乗り込み、エンジンをかけた途端……



















ゴーーーッ!!










と、噴き出してくるあの勢いが嫌い。











温度下げようとして必死か?












モテたいんか?










あれだけガッて来られたら、正直引くよね?










ね?これで、いかにエアコンの“温度下げたい派”が、モテないかお分かりいただけたのではないでしょうか?もし、これを読んでいて、まだモテたい!と思っている“温度を下げたい派”の人がいたら、これを機会にこれまでの自分の行いを振り返ってみてはいかがでしょうか?さぁ照れくさいなんて言わずに、勇気を出して……そう。まずはほんの一歩から、踏み出してみようではないですか。ひょっとしたらあなたの行動から、思いもよらない奇跡が起こるかもしれないのですから……。



******************


8月も終わりに差し掛かったある朝、飯田部長が出社すると椅子の背もたれに毛布がかけられていた。飯田部長は、首を傾げたまましばらくポカンとしていた。

暑さ寒さも彼岸まで……とはいうもの、まだまだ暑い日は続いており、最寄りのバス停から海千商事のオフィスまでのほんの3分間の道のりを歩いてきただけで、飯田部長のワイシャツは汗でダクダクになっていた。たいてい誰よりも早く出社するため、いつものようにタイムカードを打ち、エアコンのスイッチを入れてから振り返った飯田部長は、何やら違う雰囲気を感じた。そこで自分の椅子にかけられたその毛布の存在に気がついたのだ。ちなみにその時のエアコンの設定温度は25℃になっていたが、普段“温度を上げたい派”の飯田部長もさすがに汗が引くまでは温度を上げようとは思わなかった。



「いったい誰が……?」



しばらく訝しげな顔をしていた飯田部長は、ふと何かに思い当たったようで、フッとその顔からは緊張が消えた。そのままゆっくりと自分の椅子まで歩み寄り、そっと毛布を手に取った。













静かなオフィスに、エアコンの音だけが響いている。
















「暑いっ……暑っくるしいねんっ!!」







飯田部長は、毛布を思いっきり床に叩きつけた。



******************



ご、ごほんごほん……残念ながら海千商事のオフィスでは、奇跡は起きなかったようですね。


しかしながら、まさか本当に毛布を渡すなんて思いもしなかったのよ。僕が、「毛布の一枚や二枚持ってこんかいっ!!」と言ったのは、例えばの話ですよ?いくらなんでも毛布は暑苦しいし、実際に毛布なんて羽織って仕事なんてできるわけがないじゃないですか?それをなんの工夫もなくポンとやってしまうところが、“温度を上げたい派”の浅はかなところなのだ。と言いたい。だいたい飯田部長は、ホコリアレルギーなんだから、毛布を贈るなんて最悪だよね。もっと飯田部長の気持ちに寄り添ってもらいたいものです。


******************


翌朝、飯田部長が出社すると、今度は椅子の背もたれに、白色のニットのカーディガンがかけられていた。飯田部長は、またまた自分の身に巻き起こった不可解な出来事に、首を傾げたままポカンとしていた。


しばらくして、ハッと我に返った飯田部長は、何かに思い当たったようで、その頬には少しだけ微笑みが浮かんでいた。


















そして静かなオフィスには、エアコンの音だけが響いている。



















「白いっ……白がすぎるねんっ!!」








飯田部長は、走ってカーディガンを鷲掴みにしたかと思うと、窓から投げ捨てた。



******************


……またやっちゃったね。毛布がダメだったからって、ニットのカーディガン持っていくなんて安易すぎない?(これだから“温度を上げたい派”は……ね?)

だいたい大事なことを忘れてるよね。飯田部長の誕生日は9月17日だよ?そう乙女座のB型よ?好き嫌いが激しいんだから、ニットのカーディガンなんて着ないよね。それに、よりによってどうして白色なんて選んだの?飯田部長の大好物はカレーうどんなんだから……え?











知らん?




















わしも知らんがなっ!!!




















おしまい

広告を非表示にする