コール&レスポンス

「みなさんどうかぼくらに力を貸してください!」


「そんなんじゃ足りない!もっと大きな声で!」


それらのセリフが主役たちの口から出るのは、その日すでに2回目だった。

さきほどショーの中盤にも同じようなコールアンドレスポンスをステージ上から要求され、客席にいる僕らは辟易としていた。1回目のときは、子供たちとその付き添いの大人たちが大きめの声でレスポンスしたが、まさかの2回目の要求である。そもそもその劇団の活躍を応援したくて、僕らはこの客席にいるわけではない。たまたま立ち寄った公園で、たまたまやっていたステージショー。残暑厳しい日差しの降り注ぐ中、単にそのステージの前にしか日陰がないため休憩中の僕らなのだ。(見るからに、他のみんなもそうだ。)

ただでさえ子供率の低い客席からは……


「またかよ。」


「もうええっちゅうねん。」


という溜息混じりの声が聞こえてきそうだった。完全アウェイの空気の中、ワンステージに2回も客いじりをするなんて、御法度なのだ。空気読めよなまったく。


しかもだ。今回は主役からのコールに対し、振り付けまでつけてレスポンスしなくてはならない。


「パワフル〜〜〜〜ッ!」


というコールに対して、


「ハグ!ハグ!」


とレスポンスしなくてはならないそうだ。ポイントは「ハグ!ハグ!」のときに、ギュッギュッと両手を使って抱きしめるような振り付けをすることだ。お察しの通り、これはそうとう寒い。ちなみに主役はメダカの格好をした正義の味方で、人間たちを守ろうとしている。人間たちの都合で日本に連れて来られた挙句、駆除されようしていることに怒ったアメリカザリガニミシシッピアカミミガメウシガエルの怪物と戦っているのだ。攻防の末、すっかり力を弱めてしまった主役は客席への助けを求める。それが冒頭のこのセリフだ。

「みなさんどうかぼくらに力を貸してください!」

「そんなんじゃ足りない!もっと大きな声で!」

そう言ってから僕らにレスポンスの仕方……つまり「パワフルハグハグ」のやり方を丁寧に教えてくれたのだ。しかし、完全にシラけてしまった客席からは、ほとんど声が上がらない。ショーの中盤のときは、主役たちを助けようと力いっぱいにレスポンスしていた子供たちですら、今回はなぜだかより声が小さくなっているではないか。僕は痛まれない気持ちで、胸がきゅうっとしめつけられた。

さあどうするつもりだ?3回目のレスポンスを要求するのか?固唾を飲んで見守る中、主役はヌケヌケとこう言い放った。




「んありがとうっ!みんなからもらった大きなパワーを使わせてもらうよ!!」


く、苦しい……苦しすぎるぞ。僕の胸はますます切なさで締め上げられそうだったが、正直なところあの居心地の悪さの再来を回避でき、ホッとしながらその場を去ったのであった。



さて、車での帰路。西日に追いかけられながら僕は考えていた。少ないながらも、本来はレスポンスの主戦力であるはずの客席にいた子供たちですら、なぜ大きな声を出してレスポンスしなかったのか?不思議だった……もっと食いついてもいいはずではないのか?あの主役たちを危機から救いたくないのか?



















キキキキキーーーーッ












僕はブレーキを踏んでいた。










なぜなら赤信号だったからだ。








大きく深呼吸をしてから、落ち着いて頭の中をもう一度整理してみる。







そうかそういうことだったんだ。









子供たちがノリノリでレスポンスしなかった原因はこうだ。




凶悪なアメリカザリガニミシシッピアカミミガメウシガエルとの緊迫した戦闘シーン。

とにかくこのショーには登場人物が多くて、あまり広くはないステージ上を敵味方が入り混じりながらショーが展開される。そして、僕らの目を見張るのがそのマイクパフォーマンスだ。マイクパフォーマンスといっても、「喋り」のことではなく、マイクのローテーションと言う方がわかりやすいのかもしれない。

ステージ上には、ハンドマイクが3本しかないため、ある人物がしゃべり終わったら、次にしゃべる人物へとどんどん回していくのだが、その計算され尽くされたパスワークが華麗すぎるのだ。

一番強そうな見た目の割りに、早々とやられてしまったアメリカザリガニが床に崩れ落ちるその手から、スマートにマイクを受け取るメダカの格好をした主役。ウシガエルが人間たちに激しい憎悪の言葉を浴びせたかと思うと、さっとマイクを後ろ手に持ち、人間役のひとりが受け取る。その人間役のひとりは、話し終わったかと思うや否やサッと舞台の後方に回りこみ、ミシシッピアカミミガメにマイクが手渡される。それはそれは見事な連携プレイだった。もはや、戦いの行方よりもマイクの行方のほうが気になって仕方がなかった。









それまで、主役たちに感情移入しながら応援していた子供たちも、僕と同じように客席から、阿吽の呼吸でマイクの受け渡しをする様を見ていて、気付いてしまったのに違いない。






















「はっは〜ん。こいつら実は仲悪くないな。」











と。