みかんとりんご

それは職場での昼休みのこと。

僕がみかんの皮をむいていると、先輩から、

「あー、その白いところは、全部取らないほうがいいよ。食物繊維が豊富に含まれてるんだから!」

と、言われた。

よ、よけーなお世話だ。僕は何も繊維質を欲してみかんに手を伸ばしたのではない。みかんの甘酸っぱさを欲しているのだ。それにみかんの繊維で口の中をボソボソになんてしたくない。

……このように、時々、食べ物の成分に関する雑学でよけーなお世話を焼いてくれる人がいるが、はっきり言ってありがた迷惑だ。

こないだも長野県産のおいしいりんごを食べていると、

「知ってた?りんごの蜜と呼ばれている部分はさ、実はただの水分なんだってさ。」

と教えてくれる人がいた。もうね、これはほんっと聞きたくなかった。だって蜜が入っているだけですんごいテンション上がるわけだし、確かに僕の味覚はそれをおいしく感じていたのだから……それを知ってしまったことで今後、楽しみがひとつ確実に減ったの……いやこれは思った以上に深刻な問題ですよ?あれが水分てことは水くさいともいえるよね?むしろこれってハズレだよね?









……ここまで話したところで突如彼女は、食卓の上に離婚届を差し出した。

「これにサインしてくれる?」

僕はうろたえた。なぜ?

「わたしも聞きたくなかったわよ。」

……え?

「あなたって、いつもナイーブぶってるけれど、本質的には無神経なのよ。わたし、あなたのそういうところが、これ以上もう我慢ならないの。」


彼女の決心は固く、僕に弁明の余地はなかった。

気がついたら、僕らが360回の月賦で買ったマンションのダイニングキッチンには、僕だけがひとりポツンと残されていた。そして食卓には、なぜだかみかんとりんごがひとつずつ置いてあった。

そのときの僕は、まったく食欲なんて感じなかったが、それらを今、どうしても食べなければならないような気持ちになっていた。そうすることで、僕が思いやってあげることのできなかった彼女の気持ちに少しでも寄り添えるような気がしたのだ。





みかんはとても酸っぱく、りんごはどこまでも水くさかった。






そうだ、今日はクリスマスイヴだった。












メリークリスマス。










短編小説『みかんとりんご』おわり