ヒント
毎年、この時期になると管轄内の小学校を回って、卒業記念品の制作を指導する。カッターナイフを使って記念品を加工するのだけれど、早く終わってしまうと、暇を持て余した子供らが走り回ったりして邪魔なので時間つぶしのためのクイズを用意している。クイズの半分は勉強になるもので、残りの半分はなぞなぞだ。
男子生徒の中にはすぐに「わかった!これ●●●やー!うひゃー!」と答えを叫んでしまう子がでてくるし、女の子の中には、ヒソヒソと仲の良い子に答えを教えてしまう子がでてくるので、やる前に「自分で考えること」「人の答えを見ないこと」「わかっても人に言わないこと」と言い聞かせてから行うことにしている。
なぞなぞは、答えがわかるまで結構時間がかかるので、いつも「ヒントちょーだーい!」とせがまれる。俺は最低限のヒントだけを与える。教室の前の方では、まだカッターナイフを使っている子がいるので、あくまでもこれは時間稼ぎなのだ。
たくさんの子供らの相手をするのは疲れるが、「えー、わからんわからーん。」と言って騒いでいる小学生を相手に、答え合わせをするときが、唯一の楽しみだ。
『はーい。問5.日本中にある坂道のうち「上り坂」と「下り坂」では、どっちのほうが多いですか?これは想像力を豊かにして考えてくださいと言いました。では、「上り坂」が多いと思う人は?いいえ違います。はい、手降ろしてください。では、「下り坂」が多いと思う人は?ブッブー違いまーす。じゃあキミ、はいそこのメガネかけたキミ、立ってくれるかな?坂道を想像してみてください。そしたら、坂道を上ってください。はい頭の中でどんどん上って、頂上までたどり着いたら教えてください。まだ?上った?ハイッ!じゃあ振り返ってください。何が見えますか?ははは、そーです。正解は……」
なんて言いながら、悔しがる小学生相手にたっぷり優越感に浸るのである。
今日行った学校は三クラスあったので、三回これをやった。三度目は正直行ってしんどい。が、一日に何度も何度も同じ内容の舞台をやる喜劇役者のように、割り切って、ハイテンションで思いっきりやる。
それは、三つ目のクラスがクイズをやっているときのことだった。副担任の先生だろうか?ピンクのフリルのついたエプロンをしたおばさん先生が、一つ目のクラスからずっと手伝ってくださったのだけど、教室の後ろのほうでクイズを考えている子供らに近づいてきて、なにやら話しかけている。
「みんな、わかるかなー。え?先生は答え知っとるでー。えー、ヒント?えっとねー、坂道をねー上ったり下りたりしてみてー。」
オイおばはん。
それ、俺の唯一の楽しみやねん。
とるなとるなっ。そして俺の作った舞台に勝手に上がり込んでくなっ!!
しばらく、おばはんのことを泳がせてから、俺は子供らに言い聞かせるような声のトーンでこう放った。
「はーい。人が増えてくると相談する声が聞こえてきまーす。答えを知ってる人は、勝手なヒントも出さないことねー。」
ようやく黙ったおばはん先生は、半笑いの顔を顔面に貼り付けたままピンクのフリルのついたエプロンの紐をキュッと握りしめていた。
ふう。